平将明6年ぶりに選挙戦となった自民党総裁選(9月20日投開票)は、553票対254票で安倍首相が3選。石破茂陣営は、現職の総理・総裁に挑むかたちで当初から不利な戦いが予想され、国会議員の約8割が安倍首相支持を表明する“安倍圧勝ムード”のなか、45%の党員票を獲得して善戦を見せた。これまでにないネットを駆使した戦術で、次への足掛かりを作った今回の総裁選を、水月会(石破派)広報委員長・平将明議員が振り返る。〈以上、編集部記載〉

石破茂総裁選立候補の背景と石破派の役割

水月会を立ち上げたのは今から3年前。2015年9月の自民党総裁選に石破さんは出馬しませんでしたが、「次の総裁選には出る」と石破さんが断言したため、次の総裁選へ向けた政策集団として水月会が発足。石破派ができました。
その頃から安倍総理の側近の失言が目立つようになっていて、安倍総理が無投票で再選すると、緊張感が緩んで事態はさらに進行するのではないかと心配していました。石破派の役割は、最大限力を尽くして安倍政権を支えることに加え、懸念が現実になったときは、党内で自由闊達に意見の言える風通しのよい党内環境を作ること。そして、政策議論が活発化するように、もう一つのオプション(選択肢)を提示できるようにすること。そんな申し合わせで石破派は誕生しました。

ウェブを活用した広報戦略

3年後、2018年の自民党総裁選は、“安倍vs石破”の一騎打ちとなりました。自民党の国会議員は我先にと雪崩を打って“安倍支持”を表明。安倍陣営は、国会議員約300人をおさえました。石破陣営は自派の議員20人に加え、途中から平成研究会(竹下派)の参議院議員のグループが合流して40人になりました。自民党の国会議員が400人ほどいるなか、8割が安倍支持、1割が石破支持、残りの1割が不明という状況で選挙に突入しました。
議員票は圧倒的に安倍陣営がおさえているため、石破陣営としては党員票をどうやって獲得するかが目標でした。石破派の広報委員長を務める私が戦略を考える上で一番大事にしたのは、国民の期待感を高めることです。国民の期待感が高まれば、党員の期待感も高まり、それが議員にも影響するという構図です。

街頭演説、テレビ、電話、ネットなど広報の手段はさまざまですが、特に力を入れたのはネットです。指標にしたのはGoogleのトレンド検索。どんな選挙でも、投票日前日の検索件数の順位が、得票数の順位と正の相関関係にあることに着目し、Googleトレンドで投票日前日に安倍総理よりも石破さんが上回っていることを目標に定め選挙戦をスタートさせました。

石破茂にしかできない「47都道府県動画」

まず、作戦展開のホームとなる特設ウェブサイトを開設。ここは石破さんが考えている政策をわかりやすいかたちで伝える場でもあり、石破さんの選挙活動を逐一報告する場でもありました。安倍陣営は圧倒的多数の国会議員をおさえていますし、現職総理のため露出も多い。ならばと、石破陣営は安倍陣営ができないことをやる戦術で挑みました。
外交では公務で世界を周っている安倍総理の独壇場です。対する石破さんといえば、やはり「地方」。地方創生担当大臣のイメージを強く持っている人も多いと思いますが、石破さんほど日本全国の地域を巡った議員はいないのではないでしょうか。そこで考え出された施策が「47都道府県動画」。すべての都道府県で暮らす人へ向けて、石破さんがそれぞれの地域への愛を語る内容です。原稿は用意しておらず、全部石破さんの言葉で語っています。
47都道府県すべてについて思い出や感想を事細かに話せるのは、実際に行ったことがある人だけ。これは、地方創生担当大臣として全国をくまなく訪ね歩いた石破さんにしかできない業だと思います。無謀とも思えるチャレンジで、石破さんも途中でくじけそうになっていましたが、見事に完走を果たしてくれました。

日本初!? 政治家の思いを描いた短編小説

政策を伝えるのも選挙戦の大事な作戦です。しかし、いくら声高に叫んでも国民の耳に届かなければ意味がありません。そこで、今回の選挙戦では、従来の自民党のイメージとは異なるタッチのイラストを生かしたパンフレット「こんな日本にしてみたい。石破茂の夢」 を制作。遊説先で配ったり、自民党員に選挙応援をお願いする際に渡したりと、あちこちで活用。特設サイトにも掲載し、ダウンロードもできるようにしました。
また、石破さんの考える政策が実現した未来像を描いた短編小説も作りました。多様性があるインクルーシブな社会が、地方創生のもとで実現するとこんな生活になる……というのを個人の生活にブレイクダウンして描きました。大学生のシングルマザーが主人公で、いろんな人がいてもいいよね、という石破派の思いを表現しています。おそらく、政治家の思いを描いた短編小説は日本初だと思います。
街頭演説は必ずライブ配信し、汗をかきながら演説する石破さんの姿をアピール。渋谷では2万人ぐらいの聴衆が集まっていました。地方を巡った様子は「石破ラリー」と題してInstagramでプロモーションビデオ(PV)を配信。特設ページにも反映し、全国を駆け巡る石破さんの姿を知ってもらいました。
一番効果があったのは、佳子夫人のメッセージ動画。多くの反応をいただきました。ほかにも、支持者が作ってくださった石破茂イメージソング(応援ソング)「あしたのために…」も採用させていただき、選挙戦を戦う石破さんの画像と共に公開しました。
いろいろなことをやりましたが、既存メディアが取り上げてくれたこともあり、狙い通り検索数を稼げました。それも特設サイトというプラットフォームを作って、良いと思ったことをどんどん投入したからこそです。

Googleトレンドより(2018年9月11日~9月17日)。縦軸は[100]を最大値とする比率。

大統領選なら石破氏の勝利

投票直前の9月17日、安倍総理と石破さんが2人揃ってニュース番組をはしごしました。メディアの露出度は同じ。当然興味がある候補者の検索件数が多くなります。結果は石破さんの検索数が安倍総理を上回りました。もし、これが大統領選なら石破さんの勝利です。ヒトもカネも圧倒的に不利な石破陣営が善戦できたのは、ネット戦術がマスメディアとうまく絡み合って功を奏したからだと思います。

石破さんの党員投票の得票率は、45%。善戦した数字だと思いますし、次につながる数字でもあります。でも、ぜいたくを言えば、党員票の過半数の51%の支持をいただきたかった。直前の北海道胆振東部地震の影響で、総裁選の72時間の活動自粛の申し合せがなされました。止むを得ない事情です。加えて総裁選中に総理の外遊もありました。結果、実質的な総裁選の期間は半分となりました。実質、日本の総理を決める総裁選の期間はもう少し長くても良いのではないかとも思います。
一方で、具体的な政策がないと批判されたのは不本意でした。具体策は特設サイトに掲載していますし、「もっとわかりやすく政策議論ができた」という反省はあります。
野党などのアベノミクス全否定はナンセンスです。アベノミクスの成果を踏まえて、その先で何をするのかを議論するべきだと思います。石破さんもアンチアベノミクスではなく、“ポストアベノミクス”です。メディアもそこをクローズアップしてほしかった。安倍総理と石破さんがテレビのニュース番組をはしごしたときも「モリカケ問題」「杉田水脈問題」の話ばかりで政策の話にならなかったのが残念です。

伝えたかった政策「アベノミクス×地方創生」

安倍総理は、今回の総裁選でアベノミクスの継続を主張しました。石破さんもそれ自体に反対ではありません。ただ、アベノミクスだけでは足らず、地方創生の強化をプラスすることで日本を成長させるという政策が必要だと考えています。
アベノミクスに加えて、「地方は地方で自ら果実を生み出そう」というのが石破さんの考え方。ローカル経済圏を成長させるには、アベノミクスとは別の処方箋が必要です。アベノミクスは頑張って持続させるが、その傍らで、地方創生を進める。それもローカル経済圏をグローバル経済圏の下部構造にし、グローバル経済圏の恩恵という形で地方が潤うメカニズムではなく、ローカル経済圏が自立してグローバル経済圏とつながる世界を目指しています。
日本のリソース(資源)である「観光」や「医療」「一次産業」「伝統文化」などを、日本各地で世界へ向けて発信して高付加価値化し、輸出産業化やインバウンドで日本にいながらにして外需を享受する。地域を引っ張る元気な企業「地域未来牽引企業」も積極的に外需獲得に向かい、政府もそれを後押しすれば、地域未来牽引企業とつながっている中小企業や地域が外需の獲得で活性化します。
現代は、地方にいながらにして世界へ発信できる時代。コンテンツを工夫すれば、地方でも世界中の人が注目してくれます。グローバル経済圏に属していない人にもビジネスチャンスがあります。
石破さんが考える「ポストアベノミクス」「アベノミクス×地方創生」政策は、特設サイトではしっかり訴えました。しかし、伝えきれなかったのも事実です。石破さんに「詳しくはウェブで!」とあちこちで言ってもらえばよかった(笑)。

総裁選には負けたが、次につながる大きな資産を手に入れた

総裁選でこれだけいろんな試みをした候補者はいないと思います。これからの選挙戦は、今回、私たちがとったようなネット戦術が主流となるでしょう。来年に控えている統一地方選、参議院選挙では、特設ウェブサイトを中心に多種多様なコンテンツを用意して、Twitter、Facebook、Instagram、YouTubeで生態系を組成し拡散する戦略も採用すべきです。
短いPVやインフォグラフィックなどを活用して、とにかく有権者にわかりやすく政策を訴えて戦う。今回の取り組みで、今後の総裁選だけでなく、選挙戦略として多くを学ぶことができました。水月会(石破派)は、選挙時のネット戦術のスキルを格段に上げましたし、“党員票の45%獲得”という結果で、次の総裁選への切符を手に入れたといってもいいと思います。加えて、国民に“石破総理”をイメージしてもらえたのではないでしょうか。
戦わなければ何も得るものがありません。戦うからこそイノベーションが生まれます。石破派(水月会)は、総裁選に負けましたが、次につながる大きな資産を手に入れたと思っています。

※ 「政経電論」から転載 https://seikeidenron.jp/articles/9422

政策コラム執筆者プロフィール
平将明平 将明 東京4区【衆議院議員】
生年月日:昭和42年2月21日
当選回数:5回
学歴:1989年3月 早稲田大学法学部卒業
得意な政策分野:成長戦略、中小企業政策、行政改革、クールジャパン政策、規制改革